鋳物づくり的、まちを楽しむ民家ホテル マチザイNo.14

鋳物のまち、高岡市金屋町

わたくしは、昔から石畳の通りに憧れを抱いております。ここは、高岡市がものづくりのまちである象徴的な場所、高岡鋳物発祥の地となる金屋町です。さまのこ(千本格子)の立派な町家が連なる、伝統的な日本家屋の町並みに映える憧れの石畳です。この通りは、国の重伝建(重要伝統的建造物群保存)地区に指定されている、富山県においては非常に貴重な存在です。ちなみに、県内4カ所あるうちの1ヵ所で、高岡市には他に商家が集まる山町筋があります。

写真は、高岡市鋳物資料館から石畳の通りを眺めたところ。資料館の資料によると、加賀藩の前田藩主が、現在の高岡市戸出地区にある「金屋」から鋳物師集団をここに呼び寄せ、藩の手厚い保護のもと、鋳物のまち金屋町をここに開いたとされています。最初は鉄製の日常用品の製作からはじまり、その後に銅器などの鋳物製品をつくるようになり、ついには欧米に輸出するまでに発展したそうです。

石畳通りの空き家で、まちの魅力発見を

さまのこが密集した金屋町のメイン通りから、少し離れた場所に、三角形のポケットパークがあります。三叉路になったこの場所は、ご覧の通り、辺り一面の石畳。羨ましい限りです。ここから先は道が狭くなっていて、商店はなくなります。ここに連続して2軒の空き家がありました。

1階の入口はアルミサッシの建具になっていて、さまのこだった当時の雰囲気はどこにもありません。今回のマチザイは、この隣り合う2棟の建物です。マチザイノオト発の重伝建地区の建物となります。そして、プロジェクトの主体者は、この地で鋳物製造会社を営む四津川元将さん。四津川さんは伝統的な意匠の香炉や花器などの鋳物ブランド「喜泉堂」と、伝統とモダンを融合した意匠のテーブルウェアなどを製作するブランド「KISEN」を展開。国内外のマーケットで販路拡大をしています。

そのまま、すっと建物の足元を見ますと、なんと側溝のフタが鋳物で造られています!これには驚きました。このようなものづくりのまちにおいて、四津川さんがやりたいこと。それは、もっと身近に、体験できる格好で、製品の魅力を感じてもらいたい、、、そして、金屋町のものづくりの文化を肌で感じてほしい、、、そのために「まちに泊まる」という体験を通じて、まちの活性化や自社ブランドの魅力を伝えたいと考えました。

水辺の民家ホテルの経験から

2棟のうちの1棟は、さほど激しい痛みもなく、大きな修繕は必要なさそうでした。なぜ、この物件にしたのかは、色々と理由があります。今回のお話を頂いたとき、物件選びに際して、ある提案をさせて頂きました。それは「水辺の民家ホテル」を経営してみて分かったことですが、とくに海外の方の需要は家族単位で、だいたい4名定員以上、なかには大家族で6名や、グループで8名というケースも少なくありません。6名の場合は、ウミネコ棟に4名、カモメ棟に2名という風に分かれて泊まって頂きますが、それ以上は定員をオーバーしてしまいます。

その経験から、四津川さんのプロジェクトでは、最低でも4名、できれば8名までが1棟に宿泊できる広さの物件を探して頂きました。さらに、運営の都合上、2棟あったほうが週末や祝日の売上をつくりやすく、経営計画を練りやすいため、2棟の整備を提案しました。

町家造りの特徴でもある中庭に面した和室は、宿泊施設として大事な空間となります。天井がやや低いように思いましたが、もしかすると元々平屋だった建物を増築した可能性があります。確かに、昭和以前の建築と聞いておりましたので、平屋だった可能性は高いです。

また、スタッフルーム、リネン室の導線も、実際に宿を経営してみてわかったことがあります。水辺の民家ホテルは2棟とも狭く、スタッフルームが外部から直接入れないようになっています。つまり、お客様が宿泊していた場合、この空間を使えないため、非常に不便です。そこで、今回は外部から直接行き来できる場所にスタッフルーム、リネン室をつくることが可能かどうかを最初に見極めました。

上の写真にある通路は、石畳の通りから建物を挟んで真裏にある路地です。スタッフルームは、ここから出入りできるようにゾーニングすれば、先ほどの問題はクリアできます。どん詰まりで人通りがない路地なので、なにかと便利な場所になるはずです。これは非常にラッキーなことです。

何かとラッキーな建物であることが・・・

2階に上がってきました。和室の続きの間、ここが寝室になるであろう場所です。通りを挟んで目の前には民家があります。何も対策をしなければ「窓を開けて、お向かいさんとコンニチハ」という状態になるわけですが、ここは工夫の余地があります。

一方の中庭に面した窓は、隣地が倉庫になっているため、人目を気にする必要がありません。過密な中心街にある町家の宿に泊まったとき、お隣の民家の窓が非常に気になる、、、という経験を何度かしたことがあります。

裏の路地に面した部屋も、周辺民家までの距離がある程度あるので、プライバシーをコントロールしやすいです。

ここからは、お隣の建物です。建築年代としては、こちらのほうが古く、お隣よりも間口3尺(半間)ほど狭いです。しかし、次の間に吹抜けがあって、渡り廊下のような造りになっているのは、この地域の特徴なのかもしれません。新湊や氷見ではまず見かけませんし、他県でもあまり見ない造りです。なかなか粋な雰囲気です。あと、天井がさらに低いのが気になります。

小さな中庭に面した廊下から、その先の小屋の部分は痛みが酷く、柱や梁を入れ替え、、、というより、崩れていないのが不思議なくらいギリギリセーフな状態を保っていました。こちらも、お隣の目を気にしなくて良い中庭があるというのが、宿のゾーニングをする場合はお宝となります。

こちらは2階の様子。やはり、天井が低く、このままでは、ちょっと使いづらいように思いました。こちらの建物も平屋だったのでしょうね。しかし、面白い間取りです。この間取りを活かしたゾーニングをしたいと思いました。

こちらは表通りに面した「つし2階」と言われる部屋です。かつては物置に使われていた場所です。大きなお屋敷では、使用人がここで寝泊まりする部屋として使われる場合もあったそうです。いずれにしても、この部屋も「お向かいさんとコンニチハ」状態になるため、何らかの対策が必要です。斜めになった天井、そして低い窓、もうこれは「基地感」の演出をするにもってこい空間です。

ありがたいご縁をいただきました

プロジェクトの場所から少し離れた場所にある、町家のような、おんぞはん。

今回のご縁をいただくまでは、金屋町が、近くて遠い存在でした。山町筋は、大きくて立派な商家の町並みに対して、こちらは職人の文化が根付く街並み、、、と言っても実は、この通りでものづくりをしているのは稀で、まちの歴史を知らない方であれば、ここがどんな町なのかは一見するだけでは、わからないかもしれません。このプロジェクトが、このまちの特徴を伝える存在の1つになれば、、、その思いに共感いたします。

すでに四津川さんから宿名の発表をされていたので、もう解禁だと思いますので、、、。
宿の名前は、「民家ホテル 金ノ三寸(かねのさんずん)」です。民家ホテルは、わたしたちの水辺の民家ホテルと協力して運営していこうというコンセプトの一環です。そして、金ノ三寸については、「鋳」という漢字を分解してみると「金、ノ、三、寸」になるのです。

金屋町ではここ数年、町家をリノベーションしたお店が増えてきました。ゲストハウスも1棟、オープンしました。ちょっと離れた地域から見ると「金屋町が盛り上がってきた!」という風に感じます。その流れに拍車をかけるようなプロジェクトになるよう頑張りたいですし、新湊との相乗効果も狙いたいです。もっと言えば、富山市の喜代多旅館さんや、いつもお世話になっている井波のBED&CRAFTさんなどと協力して、富山のまちを巡るツーリズムを盛り上げていきたいという思いです。(関係者の方々、勝手に先走ってすみません・・・)

またもや、記事のアップが遅れ遅れになっており、現場はすでに着工しております。
皆さま、高岡市金屋町での四津川さんのチャレンジに、乞うご期待ください!!


明石 博之

明石 博之

[組織] グリーンノートレーベル(株)
[役職] 代表取締役
[職業]場ヅクル・プロデューサー

1971年広島県尾道市(旧因島市)生まれ。多摩美術大学でプロダクトデザインを学ぶ。大学を卒業後、まちづくりコンサル会社に入社。全国各地を飛び回るうちに自らがローカルプレイヤーになることに憧れ、2010年に妻の故郷である富山県へ移住。漁師町で出会った古民家をカフェにリノベした経験をキッカケに秘密基地的な「場」をつくるおもしろさに目覚める。その後〈マチザイノオト〉プロジェクトを立ち上げ、まちの価値を拡大する「場」のプロデュース・空間デザインを仕事の軸として、富山のまちづくりに取り組んでいる。

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