まちなか旅館の新しいカタチ マチザイNo.11

今度のマチザイは、デカイです!
しかも、いかにもローカルな、落ち着いた町並みのなかにひっそりと佇む…、ではないです! こちら、富山市中心部の夜の繁華街にある日本旅館。名前を「きよた旅館」と申します。現在は、もう営業していませんが、写真は約2年前、まだ営業をしている頃のもの。

昭和24年創業、当時の木造建築から増築や改築を繰り返し、右半分が鉄骨造、左半分が鉄筋コンクリート造という現在の形になりました。それを象徴するかのように右と左でデザインが異なるため、とてもユニークな佇まいの旅館になりました。昔の写真を見せていただくと、敷地の中央に池があって、それを取り囲むように木造建築の回廊があるようなレイアウトでした。

ちなみに隣の建物は「おねえちゃん」がいる店が入っているテナントビルです。

この旅館を快適な宿泊施設になるようリノベーションして、2019年春にリニューアルオープンすることが目標です。コトの発端は、市役所の上層部の方から、きよた旅館の三代目女将、濱井憲子さんを紹介して頂いたこと。女将から話を聞いてみると、建物の設備が古くなってしまい、このままではメンテナンスコストが経営を圧迫することになるため、設備投資と同時に新しいコンセプトの旅館を目指したいという思いで、市役所上層部のKさんに相談したそうです。

ロビーのカウンターには、タヌキがいたり、ビーナスがいたり…。旅館の規模からして、設備を一新するだけでも相当な予算が必要なことは明らかです。銀行に正面から乗り込んで、融資を申し込んだとしても、必要な金額を借り入れできるとは思えません。さてどうするか…。ここから、希望と絶望が交互にやってくる、長い長い道のりを歩いていくこととなりました。しかし、濱井さんとわたしは、いつもポジティブ。結果的にそれが良かったと思っています。

見ての通り、純和風の客室です。和室は大事にしていきたいところですが、旅のスタイルの変化にどう対応するかは随分と悩みました。トイレは共用、風呂は大浴場、スリッパを履いて館内を移動する日本旅館を活かすか、殺すか…。コンセプトワークにはかなりの時間を使いました。女将の濱井さんの頭のなかにあるものを引き出して、言語化、ビジュアル化してプロジェクトの大きな方針を作り出す作業。今となっては、旅館の食堂の壁に模造紙をベタベタ貼って、あーでもない、こーでもないと考えた時間が懐かしい。

畳の上に布団を敷いて寝る、って行為が西洋文化にはないスタイルですから、さぞかし珍しい体験なんでしょうね。実際、全世界からバックパッカーの皆さんが泊まりに来ていたようです。面白いことに、海外から来た方たちにとって、富山市の位置は北陸地方の旅の拠点になるようです。早朝から旅立って、飛騨に行ったり、金沢に行ったりするそうで、夕方になるとこの旅館に帰ってくる、そんな旅をしている方が少なくないと聞きました。

夜中になってもロビーでスカイプをしている人がいるそうです。そりゃそうです、地球の裏側は昼ですから。

まだ、営業をしている頃から約1年を費やして、きよた旅館リニューアル事業計画を作り上げました。と言っても、それは何十回も作り直したプロローグに過ぎません。最初は東京の不動産投資会社に持っていき、富山のポテンシャルをプレゼンするところからはじまり、プロジェクトのユニークな点や将来性を猛烈アピールしました。時は新幹線開通間もない頃、金沢が観光バブルに突入したタイミングでした。猫も杓子も金沢を目指しているなか、なぜ富山なのかという説得材料も見いだせず、そして本当に日本旅館に人がやってくるのか、という点をクリアできずに時間が過ぎました。「新築に建て直すのなら投資しても良いよ」という会社もありましたが、その言葉に心が動いた瞬間があったことを白状します。

富山の商業施設って、もの凄く「固いところ」を狙っているプロジェクトが多いと思います。純粋に面白いとか、カッコいいとか思える場所がないんですよね。本当にもったいない話です。でも一方で、「これが面白くて、これがカッコいい」という事例もないんです。(少なくともマチザイノオト的には)だから、このきよた旅館のリニューアルプロジェクトは、わたしなりの主体性と社会的な責任を勝手に背負ってみております。経営が上手くいくことは当然のこと、社会的に意義のあることをしたいとメラメラ炎が燃えております。結局、資金調達は地元の銀行にお願いすることができました。でもしかし、2年前なら無理だったでしょう。この期間で世の中の流れがちょっと変わったことを感じました。ゼロ金利時代、生き残る銀行とそうでない銀行との差が、すでに生まれています。その流れの違いです。地方銀行は貸出を増やし、しっかりと営業利益を上げないといけないと思うのです。

予算が潤沢にないから工夫するし、面白いアイデアが生まれる、本気になれる、腕があがる、やりがいある、…いいことばかりですね。

いつもの事ですが、写真と文章はまったくリンクしていません。GNL(グリーンノートレーベル)はプロジェクトのプロデュースを担当しています。そして、このプロジェクトを実行する、最高のクリエイティブチームもできましたよ。まだまだ予算のFIXができずに工事がスタートできませんが、多分間もなく、それも解決するでしょう。女将の濱井さんの思いをカタチにします。

あ、それから、1階にオープンする自然食系のレストランを経営していだける方を募集しています。店づくりから一緒にやりませんか!


明石 博之

明石 博之

[組織] (株)地域交流センター企画
[役職] 代表取締役
[職業]場ヅクル・プロデューサー

1971年広島県因島市(現尾道市)生まれ。多摩美術大学でプロダクトデザインを学ぶ。大学を卒業後、株式会社地域交流センター企画に入社。東京を拠点に、全国各地のまちづくりプロジェクトのコーディネーションを行う。2009年に同社の代表取締役に就任。2010年に妻の故郷である富山県へ移住した以降は、自らがまちづくりの主体者として、歴史的建築物などの地域資源を活用した社会的なしくみづくり、ソーシャルビジネスの事業化に力を入れる。

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