お好み焼きからはじまる、町家暮らし マチザイNo.13

こちら、新湊内川沿い、[ 水辺の民家ホテル ]のすぐ近くの番屋です。番屋とは、漁師さんが仕事の準備をしたり、漁具の倉庫として使ってる小屋のような建物です。ここが、次のマチザイプロジェクトとなる場所です。

・・・ここで、告白せねばなりません!

わたくしー、明石博之は、リノベーションプロジェクトをやっている会社の代表でありながら、賃貸マンションに住んでおります!!もしかして、コレ、大事件でしょうか!? 甘いものを食べないパティシエとか、生魚が食べられない寿司屋とか、新車しか乗らない中古車販売店社長とか、高級ブランドが好きな激安販売店の店長とか、そういうちょっと残念な印象を与えてしまったでしょうか!?

<そして、倉庫の内部はこんな感じ。漁師さんの道具でいっぱいです。>

もちろん、町家暮らしは、僕の予てからの夢です。ところが、仕事で人様のお手伝いをしておりますと、なかなか「自分の番」が回ってこないものです。自分の住まいのことを考える余裕など、今まで1ミリメートルもなかったのです。

という言い訳を、信じて頂けるでしょうか? 

<ずっと昔は漁師さんの家、そしてまた違う漁師さんの納屋として使われていました。>

ではなぜ、今のタイミングで、町家に住もうと思ったかと言いますと、まったくドメスティックな話ですが、そうするしかない困った事情があったからです。

僕の父は、広島で一人暮らしをしていました。いわゆる「粉もん屋」を営む商売人です。競争も激しく、結構高い家賃を払って、ギリギリの経営をしている様子を聞いていましたから、息子としてはその先の父の暮らしが心配でした。

なので、“いずれは”父を富山に呼び寄せ、新湊あたりで商売をさせようと思っていました。

父は、若い頃からずっと飲食の商売をやっていましたから、適当な物件を見つけて、あの手この手で宣伝すれば、富山でも、なんとかやっていけるだろうと思いました。

<いつもとは逆に、川側から表通りに向かっています。倉庫の建屋から台所やトレイなどの水回りを通り過ぎると、4坪ほどの小さな蔵があります。>

いや、それだけではありません。父には「本場の広島風お好み焼き」という富山県内ではビッグコンテンツ扱いとなり得る武器があります。ちなみに、この道40年です。

息子からの「富山で商売すれば?」という提案は、案外あっさりと受け入れられ、まだ物件も見つかっていないのに、さっさと広島の店を畳んでしまいました。手際が良すぎです。

<蔵の前には中庭が、という町家らしい間取り。水はけが悪い庭のようです。>

“いずれは”という気持ちだったのですが、父の思いがけない決断によって、強制的にタイムリミットが設定されてしまいました。潤沢な貯金があるわけでもなく、無職で暮らしていける期間は限られています。

以前から、ボチボチと店舗ができる物件を探していたのですが、いざ探してみると、なかなかジャストサイズな物件はないものです。賃貸の居抜きは、やっぱり都会的な発想だなと再確認しました。

<中庭に面した廊下から、表通りの玄関まで続く、長い長い廊下。ここからが母屋となります。>

いつものように、民家をリノベーションするにしても、その費用を父が調達するのは、年齢的にちょっと無理があります。しかし、ドメスティックな商売を、弊社GNLがやるというのも筋が違います。僕個人が店を経営するというのもややこしいですし。

そこで思いついたのが、自分の家の一部を、店舗用としてリノベーションする。そこを父に貸して、商売をしてもらうことです。

<朱色の壁の床の間、新湊ではお馴染みとなりました。一種の流行りだったという人もいます。>

実は、ご縁あって、近所の空き家の持ち主さんとつながり、その家を譲ってもらう話を進めていました。それがここです!いずれは…、そのうちに…、という気持ちで事を進めていましたが、父の店づくりのほうが急務となりました。それに連動するかたちで、家づくりを急ピッチで計画することになりました。

お好み焼き屋をつくるために、自分の家を持たないといけないなんて、誰が想像できたでしょうか。

<母屋の吹抜け部分。決して立派な梁ではないですが、町家に暮らす贅沢感を覚えます。>

そして、今回お勉強になったのは、住宅ローンって審査が厳しい!ってことです。会社で事業資金を借りるより大変だと思いました。

父は現在、富山で暮らしております。自分でアパートを探して、引越しは親せきに手伝ってもらい、あっという間に移住してしまいました。その行動力には脱帽です。で、店ができるまで、準備をしながら、建築会社の作業員のアルバイトをしています。ちなみに作業現場は、ココです!!つまり、工事をお願いした工務店さんに父を雇ってもらい、自分の息子が暮らす家の片付け作業をしています。しっかりとお金が循環しています(笑)

<これは野良猫の捕獲機です。ここで繁殖した子猫たちを捕まえないと、命の危険があると判断しました。>

父は暑いなか、慣れない仕事を一生懸命やっています。あまり無理せず、ボチボチとやってもらいたいものです。しかし、不思議な気分ですよ。広島出身の僕が富山に移住し、10年後、そこへ父がやってきた。その父が、仕事場から近いところで、今、息子夫婦が暮らすであろう空き家の片づけをしている。笑っちゃいます。

<壁が二重になっているの、わかりますか?母屋の棟を境に、実は異なる建物に分かれているのです。新湊によくあるパターン。>

店になるのは、内川沿いです。民家ホテルから歩いて10秒。つまり、事務所からもすぐ近く。いつもランチ難民になっている僕らの救世主となるかもしれません。オープンは9月の予定ですが、あくまでも予定です。広島の尾道に、ちょっとだけ雰囲気が似ている新湊に“広島風お好み焼き屋”ができます。妻の縁によって、僕とその父が移住してきました。ちなみに、明石家の公用語は広島弁です(妻も含む)。


明石 博之

明石 博之

[組織] グリーンノートレーベル(株)
[役職] 代表取締役
[職業]場ヅクル・プロデューサー

1971年広島県因島市(現尾道市)生まれ。多摩美術大学でプロダクトデザインを学ぶ。大学を卒業後、株式会社地域交流センター企画に入社。東京を拠点に、全国各地のまちづくりプロジェクトのコーディネーションを行う。2009年に同社の代表取締役に就任。2010年に妻の故郷である富山県へ移住した以降は、自らがまちづくりの主体者として、歴史的建築物などの地域資源を活用した社会的なしくみづくり、ソーシャルビジネスの事業化に力を入れる。

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