鋳物職人のまちを体験する宿、金ノ三寸がオープン
鋳物のまち、高岡市金屋町にある鋳物メーカー<四津川製作所>が手掛けた、町家をリノベーションした宿<民家ホテル 金ノ三寸>がオープンいたしました。しかも、金屋町のメインストリート、石畳の通り沿いです。かねてから、「こんな素敵なまちに、もっと沢山素敵な宿があっても良いんじゃないか」と、ずっと思っていました。
<金ノ三寸>のすぐ近くには、約2年前にオープンした、同じく町家をリノベーションした宿<さまのこハウス>があります。金屋町に宿が2軒もできれば、一気に旅人に向けた“ウェルカムムード”がまちに漂うんじゃないかと思います。
今回、グリーンノートレーベルが総合プロデュースをさせていただきましたが、宿のコンセプトから運営に至る企画や、空間デザイン、インテリアだけに留まらず、料理のコンセプトやお皿選び、宿の備品やアメニティなど細かいところまで担当いたしました。これが出来たのも、新湊内川沿いで<水辺の民家ホテル>という宿を自社で経営してみたことで得たノウハウだったり、反省点などがあったからです。
主体的かつ実体験にもとづくプロデュースが出来たのではないかと、このプロジェクトを振り返ってみて、そのように感じています。何より、<四津川製作所>の四津川社長やスタッフの皆さん、そして建築士、施工会社、クリエーターの皆さんとの仕事が大変刺激的で、本当に楽しかったです。
<金ノ三寸>は、空き家だった隣り合わせの2棟を、それぞれ1組1棟貸しの宿にしました。1棟は定員8名の<八>棟、もう1棟は定員4名の<月>棟です。こちらが、<八>棟になります。新湊内川の<水辺の民家ホテル>を経営した経験から、4名以上で宿泊するニーズが私たちの予想以上に多いことから、どちらも4名以上の定員に設定しました。
何と言っても、鋳物メーカーが世に送り出す宿ですから、宿の至るところに「金物」を使っています。レセプションカウンターは銅で、展示棚や扉は真鍮で、さらに伝統技術の着色も施しています。外観は、「重要伝統的建造物群保存地区」に相応しいアンティークな意匠である一方、内観はその雰囲気を裏切るようなギャップのあるデザインにしようと企てました。
バーカウンターを横目に、そのまま奥へ。突き当たりにある「黄金の扉」から先が、<八>のゲスト専用空間です。この扉を開けると、中庭の見えるダイニングルームがあります。ここでは最大8名が食事できるように大きな真鍮のテーブルを配置。格子の扉や「違い棚」をモチーフにした間接照明など、和のテイストをモダンな解釈でデザインしてあります。「違い棚」のデザインは、恐れ多くも京都の<修学院離宮>にある「霞棚」の意匠からヒントを得たものです。いや、パクリと言ったほうが良いかもしません!
中庭は建物の外から見えない場所にある、完全なるプライベート空間です。不思議な仕掛けもしてあるので、実際にお泊まり頂き、体験してみてください。ちなみに、中庭から見える「一見、隣の建物の壁」は、実は今回の工事で作ったものです。つまり、建築的には本来必要ない壁を、伝統建築のムードを高めるために、わざわざ造作したものです。
階段も、普通じゃ面白くないので、こんなデザインのものを造ってみました。木造の階段なので、揺れを抑えるためにどうすれば良いか、大工さんが苦労していました。古民家に相反する要素を入れたい気持ちから、随分チャレンジングなデザインにしました。一般的な大人だと心配することはありませんが、子どもや高齢者には少々危ないかもしれません。
階段は、空間の安定感や緊張感を出すためには、非常に効果的な箇所です。いつも、そのさじ加減に悩みます。実際の安全を担保する必要もあり、建築士も気を使う場所だと思います。そこは心から信頼をしている建築士の濱田修さんと一緒なので安心しています。濱田さんとご一緒するのは、<uchikawa六角堂>から始まり、これで4度目のプロジェクトです。
2階に上がってきました。中庭に面した窓には3面全部に障子を入れました。こうすることで、優しい光が2階ホール全体を、柔らかく包んでくれます。私は町家のこの光が大好きです。そして、ここには絶対に<フランク・ロイド・ライト>の、このフロアランプが似合う!と、計画当初から思っていました。ここではぜひ、本を読みながら、気持ちよく居眠りしてほしいです。
こちらは4つある客室の1つです。畳の間に、ちょっと浮遊感の寝床を造り、間接照明によって、「普通の和室じゃない」という印象を演出しました。ポイントは、ラタン(藤)を使った、ふすま戸や家具です。こちらは、建具屋さんと家具屋さんの連携作です。ラタンは東洋と西洋をつなぐ不思議な存在です。見方によっては、西洋、東洋どちらにも見えてくると思っています。<uchikawa六角堂>でバリの家具を使ったように、ラタンって、日本建築のリノベーションとの相性が良いと思っています。
天井側の間接照明のある下り壁の裏には、外の光を取り入れる小さなFIX窓が入っています。朝、柔らかい光がここから差し込みます。その“差し込み具合”は実際に泊まってみないとわかりません。そこで、オープン前に、妻と一緒に宿泊させて頂きましたが、狙い通りの“差し込み具合”でホッとしました。こちらもぜひ体験して頂きたいです。
続いてこちらは<月>棟の入り口です。客室専用の空間に入る前のワンクッション、気持ちを落ち着ける場所です。ここまでは、土足のままで入って頂きます。床は、工事現場で使っていた“足場の板”を敷き詰めたものです。実はこの部屋の下には、かつて、狭い防空壕がありました。この部屋のちょうど半分くらいの面積です。
防空壕だったその地下空間を、ゲストの方にも見てもらおうと思い、造作家具のテーブルの天板をガラスにして、地下室を覗き込めるようにしました。その右隣にあるスチール家具は、戦中の米軍艦に搭載されていたものです。どちらも戦争を語るアイテムですが、平和への祈りを込めたものです。ここにいつでも花が飾られていることを願いします。
こちらは4名が座れるダイニングテーブルを配しています。<八>棟と同じデザインです。こちらの棟は、築100以上は経っていると思われますが、とにかく天井が低いのが悩みでした。そこで、1階の床組は全部壊してしまい、土間の高さに床を設定しました。床は断熱材を入れて、耐久性のある特殊な塗装で仕上げました。
こちらの階段のデザインは、<八>棟よりもさらに攻めています!鉄骨フレームに、踏板は、入り口の部屋と同じ足場板を利用しています。古民家の梁や柱はそのままに、素材や仕上げの一部に、ツルツル仕上げや硬質な素材を用いることで、互いの存在価値を高めるような工夫をしています。と、言うより、グリーンノートレーベルのデザインは、いつもそんな感じです。
この一段低くなった場所は、ソファーのある寛ぎ空間です。私のお気に入りの場所の1つです。座ってみて、はじめて気づくのが、この真鍮の天井です。低い位置から撮影していますが、実際は座ってみないと見えないような仕掛けにしてあります。
その左手の奥には、中庭が見えます。間口が狭く、細長い造りの町家の特徴が出るよう、できる限り、建物の奥まで見通せるよう間取りを考えました。
<月>棟にも、中庭があります。こちらの中庭には、こんなブランコ型のベンチを設置しました。その奥には、陶芸家の佐藤みどりさんにお願いして制作してもらった大きな壺があります。<月>は、定員4名ですが、2名でお泊まりになるケースも少なくないと思います。そのシチュエーションで活躍するアイテムとしてイメージしました。ぜひここで、ロマンチックな夜を過ごしてほしいと願いします。
2階に向かう階段を登る途中、見上げてもらった先にあるのが、この特注のシャンデリアです。氷見市に拠点を持つアートユニット<てがかり工作室>さんにお願いして、照明器具数点を製作して頂きました。リノベーション前にも現地を見てもらい、イメージのすり合わせをしながらデザインしてもらいました。
階段のある部分は、2階の天井まで吹き抜けになっていて、この空間の高さによって、天井の低さからくる閉塞感をカバーしようと考えました。また、天井の低さについては、足下や壁の表情を作ることで、「低い」ということに意識がいかないようにしました。
2階のホールを挟んで、2名ずつが泊まれる部屋があります。モデル女性が本を読んでいますが、この場所の使い方はこんなイメージです。宿に泊まって本を読むという行為は、非常に贅沢な時間の使い方だと思っています。本を読んでいると、外から「まちの音」が聞こえてきますが、これこそが小さな非日常の体験です。いずれは、両方の棟にある本棚をいっぱいにしたいと思います。
非常にシンプルな部屋です。ベッドは<水辺の民家ホテル>と同じく、高級ホテルでも使われている<Sealy社>のベッドです。当たり前ですが、宿の満足は、よく眠れたかどうかが非常に大事だと思っています。ちなみに、毎日眠るベッド選びとは異なる考え方で、商品特性やマットの硬さなどを選んでいます。奥に見える障子も、宿全体で統一したこだわりの1つです。障子紙もイメージ通りのものを選ぶことができたかなと思います。
枕元のペンダントライトは、実際に泊まってみて、少々明るいと感じたので、w数を下げてみました。調光スイッチをつければ簡単なのですが、ほとんど人間の耳には聞こえない周波数帯の音(ミーーー、っていうやつ)が電球から聞こえてくる方がいるようです。今回は、そこを気にしました。
もう1つの客室は、畳の上に布団を敷くタイプの部屋です。こちらも非常にシンプルなデザインですが、唯一、古い梁が見える寝室です。通りに面しているため、騒音や外灯の明かりが気になっていましたが、試泊のお客様からは「町家に泊まっている風情を楽しめて、とても良かった」と言ってくださったようです。
左手の障子のある先は、階段の吹き抜け空間です。<金ノ三寸>は障子を多用し、障子紙選びによって、朝の光のコントロールをしました。本来の宿は、寝坊できるように朝日を完全にシャットアウトできるカーテンがある場合が多いと思います。しかし、「まちの体験してもらう」という考え方からすると、ちょっと違うのかなと思い、この決断に至りました。
ひと通り、館内の説明が終わったところで、また別の角度からのご紹介をします。そもそも<金ノ三寸>は、<四津川製作所>の2つのブランドの商品を暮らしの空間に近い状態で見てもらい、実際に使ってもらう狙いで企画されました。さらには、金屋町の鋳物の文化を伝えるために、色々な体験メニューも考えられています。
まず<八>棟のレセプションには、真鍮でできた大きな展示棚を造りました。今はピカピカしていますが、経年変化によって落ち着いた輝きになってくるはずです。ここに鋳物商品ばかりが並ぶと、少々圧迫感があると思い、本も一緒に並べてあります。テーブルランプの明かりが映り込むと、より優しい存在になっているのではないかと思います。
また、館内の様々な場所に、このような無垢素材の展示ボックスを設置してあります。素材は、鉄、真鍮、木などに特殊塗装を施した物も用意しました。大きさも、その場所に応じて変えてあります。鋳物商品の展示方法は、かなりの工夫が必要でした。普通に生活空間に置いてしまうと主張の強い存在となります。それを和らげるために、左官仕上げの壁と存在感のある素材で囲むことで、バランスを取りました。
こちらは、着色技術を用いたモダンなデザインの食器類を扱うブランド<Kisen>の商品を展示する台です。細長い通路を効果的に演出する狙いもあって、全長約4m、あけぼの塗りを施し、間接照明を仕込みました。
バーの営業は今年の春以降になると思いますが、そのときには、この展示台に飾っているグラスを選んで、美味しいお酒を飲んでもらおうという狙いです。
新湊内川の<水辺の民家ホテル>と同様、両棟ともに、ゲストが利用できるキッチンを造りました。調理道具、食器類も完備、調味料は有料ですが準備してあります。この宿の近くには、スーパーが2軒もあり、まちの商店も豊富です。とくに、私たち夫婦が毎週利用しているスーパー<フレッシュ佐武>は要チェックです!ここは、健康志向の商品が沢山あり、とくにお魚が美味しくておすすめです。
宿に泊まって、自分たちで料理をするというのも旅の体験です。実際にやってみると、ちょっと不思議な感覚を覚えます。1棟貸しとはわかっていても、他人様の家で自分が料理をしているような錯覚になります。
次は水回りですが、古民家のリノベーションのもっとも大事な空間と言っても過言ではありません。ここだけは、古民家であることを無視して、清潔に、クールに、モダンにしてあります。また、<水辺の民家ホテル>でもそうであるように、<民家ホテル>のブランドイメージの1つになれば良いなという思いです。
写真は<月>棟のお風呂と洗面スペースです。高級ホテルでよく見かける、ホーローの浴槽に、全面タイル張りの空間。洗面所は洗面ボウルや水栓器具の選定はもちろん、空間全体を「ホテルらしさ」にこだわったデザインにしました。
この筒状の物体は、鉄製の手洗いボウルです。バー空間のトイレに設置してあります。ここでも何か、面白い仕掛けをしたいと思い、この筒状の物体にある細工をしました。その細工によって、手洗いの水を流すと「水琴窟」のように、音が鳴るようにしてあります。何度も実験を重ねて、ちょうど良い音色になるようになりました。
ここが、楽しく悩んだところです。隣の建物(棟)の一部が入り込んだ空間になっているため、本来あってはいけない高さに、屋根を支える梁があります。目線の高さよりもさらに低い位置です。これをそのまま見せて、ブラケットライトを付けて、書斎のような空間にしました。
面白さが、便利さに負けてしまうと、古民家をリノベーションする楽しみは半減してしまいます。クローゼットの襖を開けると、本来あってはならない場所に梁があったりしますが、ゲストの方にはぜひ、それを楽しんで頂きたい思いです。
今回、朝食のアレンジもさせて頂きました。私は料理のプロではありませんので、調理人と一緒にメニューづくりや美味しい見せ方について考えました。お皿はあっても、料理が盛り付けられていない写真に違和感を覚えると思いますが、これには理由があります。
ここで朝食を料理するのは、ご自身でも有機栽培をしている料理人たちです。以前は、レストランを経営されていましたが、食の活動範囲をもっと広く捉えて、店舗を持たない料理人としての道を選んだそうです。基本スタイルは守りつつ、季節の旬の野菜を使った料理を提供する予定なので、「こんな料理を出します」という写真を撮らないことにしました。
朝食が美味しいと、旅の思い出に花を添えてくれます。同時に、泊まるという体験の評価は大きく左右することにもなります。器やカップ、グラス類は、作家さんにお願いしたり、ビンテージのものをオークションでかき集めたりと、結構な時間と労力を使って揃えました。
バーの営業は、2021年春以降、体制が整ってからのスタートとなります。基本的にはゲストの方に楽しんでもらうための特別な空間ですが、宿泊予約が入っていない日には、一般の方も利用できるよう考えているそうです。
見方を変えれば、「バーの奥にある秘密のゲストルーム?」という言い方もできるでしょうか。・・・暗がりの先に、ひときわ怪しい光を放つ真鍮製の扉があります。その先が、秘密のゲストルーム<八>、ってな具合に。
さて皆さん、いかがでしたか? 新型コロナウィルスが感染拡大するなかでスタートを切った宿ですが、1棟貸切りで泊まれる宿であれば、逆に今の状況下で「選ばれる宿」になると信じています。また一方で、コロナの良い影響としては、身近な旅を楽しむ方々が増えたことです。海外や遠い観光地に行くだけではなく、県内で旅が楽しめるのであれば、それでも満足だと思う風潮は、確実に広がりつつあるように感じます。
そして、「旅気分」を盛り上げるために欠かせないのは、素敵な宿です。泊まることで、日帰りとは、まったく趣向の異なる体験ができます。その地域を見る目が変わると思っています。私は、東京時代から地域活性化のコンサルタントをしてきましたが、地域活性化のために必要なことは、ありのままのまちの風情を伝える手段を考えることと、訪れる人の気持ちをぐっと掴む素敵な「場」をつくることに尽きると思っています。まちを「変えよう」と思うから大変なのです。
また、なんとなくの印象ではありますが、<金ノ三寸>が完成して、色んなメディアで紹介してくださるようになり、金屋町に住む方々の意識が少し変わってきたように感じます。それこそが、マチザイノオトが目指す世界であり、四津川社長も望んでいることだと思います。
この度のリノベーションプロジェクトに協力して頂いた、建築士の濱田修さん、施工を担当してくださった大野創建さん、多くの職人の皆さん、それからアーティスト、クリエーターの皆さん、デザイナーの皆さん、弊社スタッフに向けて、この場をお借りして感謝を申し上げます。難しいこと、面倒なことにも最後までお付き合い頂き、本当にありがとうございます。
□リノベ前の様子はこちら
リンク:【鋳物づくり的、まちを楽しむ民家ホテル マチザイNo.14】
<2020年グッドデザイン賞 受賞>
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民家ホテル 金ノ三寸
〒933-0841 富山県高岡市金屋町4-12
TEL:080-5859-6343
MAIL:hazuki@kanenosanzun.jp
WEBページ:https://kanenosanzun.jp/
明石 博之
[組織] グリーンノートレーベル(株)
[役職] 代表取締役
[職業]場ヅクル・プロデューサー
1971年広島県尾道市(旧因島市)生まれ。多摩美術大学でプロダクトデザインを学ぶ。大学を卒業後、まちづくりコンサル会社に入社。全国各地を飛び回るうちに自らがローカルプレイヤーになることに憧れ、2010年に妻の故郷である富山県へ移住。漁師町で出会った古民家をカフェにリノベした経験をキッカケに秘密基地的な「場」をつくるおもしろさに目覚める。その後〈マチザイノオト〉プロジェクトを立ち上げ、まちの価値を拡大する「場」のプロデュース・空間デザインを仕事の軸として、富山のまちづくりに取り組んでいる。
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